キュウの徒然なるままに

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【感想】村上春樹「三つの短い話」

こんばんは、キュウです。

 

先日、Twitterで『文学界』に村上春樹の短編が掲載されていると知りました。

単行本が出るまで待とうかと思いましたが、「最新」を読むのもいいなと思い購入しました。

結果、購入して本当によかったです。

私にとって、心に強く残る三つの短編となりました。

 

 

本日はもう少し、この三つの短編を読んで思ったこと・感じたことを書いてみます。

〈石のまくらに〉、〈クリーム〉、〈チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ〉 の三つの短編ひとつずつの感想の前に、

 まずは三つの短編を読んで共通して感じたことがあります。

 

「死」をすぐそこに感じる

「死」を意識して書いているなと感じました。

村上春樹も69歳、今の時代まだまだ元気な年代ではあるのでしょうが、自分もいずれは滅んでなくなってしまう。

だからこそ、自分の中に鮮やかに残っている「記憶」「言葉」「夢」を小説(文章)に残してくれているのかなと、感じました。

今までも、村上春樹は「死」について書き続けていますが、今回三つの短編がそれぞれ違う角度から「死」を照らしているので余計に。

 

『説明もつかないし筋も通らない、しかし心を深くかき乱されるような出来事』

上記の言葉は、〈クリーム〉で「僕」が言う言葉です。

このような出来事が三つの短編に形を変えて現れています。

自分と相手が関わることによって思いもよらぬ物語が広がっていく〈石のまくらに〉と〈クリーム〉

自分の物語が、その世界を飛び越えて相手にも広がっていく〈チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ

うまく言えないのですが、三つの短編を順番に読んでいくと、どんどん物語が広がっていくようで、それでいて自分の「心の中」だけで完結しているような、とても不思議な気持ちになります。

なにか、全てが、繋がっていると感じるのです。

 

それでは、ひとつずつ短編の感想を書きます。

未読の方は、是非読後に読んでいただければと思います。

あらすじは省きます。

〈石のまくらに〉

十代の頃を回想する「僕」、〈クリーム〉でもそうです。

村上春樹にとっての原風景なのでしょうか。

肉体が滅んでも、誰からも忘れ去られても、「言葉」だけは残る。

春樹自身が自らの老いと死を見つめ、その後残される物語について述べているのではないかと感じました。

それにしても、いつだって春樹の性行為描写は、クッキリとしているんだけど非現実的だなあ。

 

〈クリーム〉

この物語では、「老人」が「僕」にある問いかけをします。

その老人が、まるで今の春樹自身なのではないかと感じてしまいます。

若かりし頃の自分に、そして同じ年代の読者に、問いかけているようなそんな気がしてなりませんでした。

「人生のクリーム」、素敵な言葉だなあ。

 

チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ

三つの短編の中で一番好きです。

読後、日の光の中にいるようなあたたかで優しい気持ちにもなり、同時に胸が締め付けられるような泣きたい気持ちにもなりました。

物語の中の物語という構成、小気味よく気持ちが昂ぶる文章、夢(無意識)は誰の世界にも通じている・・・

心に深く深く残り、何度も読み返したくなる短編です。

夢に出てくるチャーリー・パーカーの描写は、(恥ずかしながら私チャーリー・パーカーという名前しか知らないのですが)胸が熱くなります。

デヴィッド・リンチ監督が映像化してくれたらなと、妄想してしまいました。

ああ、いい文章だなあ。

 

以上です。

自分の思っていることを言葉にするのは、本当に難しいですね・・・。

もっと書きたいことはあったような気がするのですが、今は思い浮かびません(笑)

 

「三つの短いお話」、是非読んでみてください。

それでは!